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アセルカデ

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定期演奏会
曲目解説コーナー

第35回定期演奏会

¶第35回定期演奏会 曲目解説
第1回 ブルッフ《ヴァイオリン協奏曲第1番》

ドイツの作曲家マックス・ブルッフといえば、まず名前が挙がるのが《ヴァイオリン協奏曲第1番》と《スコットランド幻想曲》。

実は交響曲が3曲、ヴァイオリン協奏曲も“第1番”とある通り第2番・第3番まであるのですが、どうしても第1番の人気が圧倒的です。本人は「ほかにも色々書いているのに…」と複雑な気持ちだったとか。

とはいえ、この第1番が名曲として愛され続ける理由は明らかです。
作曲の過程で名ヴァイオリニストのヨアヒムから助言を受けながら練り上げられ、ヴァイオリンの“歌う力”が最大限に引き出された作品になりました。情熱的な序奏、深い歌の第2楽章、そして民族舞曲風の華やかな終楽章まで、どこを切っても魅力があふれています。

ちなみに筆者は、以前テレビで《ヴァイオリン協奏曲第2番》を聴いたことがありますが、少し淡々としていて印象が薄かった記憶があります。その点、第1番はブルッフの魅力がぎゅっと凝縮された“これぞ名曲”という存在感。「ブルッフといえばこれ」と言われるのも納得です。

今回の演奏会では、松本蘭さんの独奏でお届けします。
ヴァイオリンが自在に歌い、オーケストラと対話し、最後は爽快に駆け抜けるこの協奏曲。どうぞ心ゆくまでお楽しみください。

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第2回 モーツアルト《コジ・ファン・トゥッテ》序曲

今年はモーツアルト生誕270年という、キリが良いような、でもちょっと中途半端にも感じるアニバーサリーイヤーです。とはいえ世界では、ザルツブルクやウィーンを中心にさまざまな記念企画が行われ、改めてモーツアルトの存在感の大きさを感じさせる一年になっています。

そんな年に取り上げるのが、オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》の序曲。
このオペラは、恋人たちの“揺れる心”をめぐる、ちょっと皮肉で、でもどこか憎めない恋愛喜劇です。挑発的なタイトルとは裏腹に、男女どちらも完璧ではなく、最後には「まあ、人間ってこんなものだよね」と苦笑いしたくなるような物語。悲劇ではありませんが、単純なドタバタ喜劇とも違う、モーツアルトらしい人間観察の鋭さが光っています。

その幕を開けるのが、この序曲。
物語の細部を描くタイプではなく、“これから始まる恋の駆け引き”を軽やかに予告するような音楽です。冒頭の少し謎めいた和音から、すぐに明るく弾む主部へ。ウィットに富んだ軽快さは、まさにモーツアルトの喜劇の世界そのもの。

そして今回は、この序曲がオペラだけでなく、川越フィルのコンサートの幕開けも飾ります。
モーツアルトが描いた“軽やかな始まり”は、演奏会の空気を一気に明るくし、続くプログラムへの期待を自然と高めてくれるはずです。
短いながらも透明感と洒脱さがぎゅっと詰まった一曲。アニバーサリーイヤーにふさわしい、爽やかなオープニングをどうぞお楽しみください。

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第3回 ベートーヴェン《交響曲第6番「田園」》

音楽の都・ハプスブルク帝国の首都ウィーンで活躍したベートーヴェンですが、実は本人は都会の喧騒があまり得意ではなかったようです。
友人ヴェーゲラーへの手紙には、
「森や野原にいると、私は本当に幸せだ」
「自然の中で神を感じる」
といった言葉が残っています。
散歩しながらスケッチ帳に音楽の着想を書き留めるのが日課で、自然の中に出ると表情まで柔らかくなったと伝記にも記されています。

そんな“自然の中での幸福感”が、そのまま音楽になったのが《田園》です。
しかもこの曲は、《運命》とほぼ同じ時期に書かれ、初演も同じコンサートでした。
劇的で緊張感に満ちた《運命》と、のびやかで穏やかな《田園》。
この対照的な二つの作品が、同じ作曲家の同じ時期の心から生まれたというのは、なんとも人間らしくて興味深いところです。

《田園》は“自然描写の交響曲”と思われがちですが、ベートーヴェン自身は
「絵画ではなく、感情の表現である」
と自筆スケッチに書き残しています。
雷の音を真似したかったわけでも、鳥の声をそっくり再現したかったわけでもなく、自然の中で心がどう動くか──

その“気分の移ろい”を音にした作品なのです。

今回演奏する《田園》は、私たち川越フィルにとってもどこか特別な曲です。
川越は、歴史ある街並みと現代的な賑わいが同居しつつ、少し視線を広げれば自然の気配も感じられる、独特のバランスを持っています。
都会と自然がゆるやかに隣り合う環境で音楽を続けている私たちには、《田園》の世界がどこか身近に感じられるのです。

だからこそ、
「川越という土地の空気をまとった《田園》をお届けしたい」
そんな思いが自然と湧いてきます。
のどかに聴こえる部分ほどアンサンブルの精度が問われますし、嵐の場面では全員が同じ方向を向いていないと一気に崩れてしまいますが、練習を重ねるほどに、少しずつ景色が見えてくるような気がしています。

ベートーヴェンが自然の中で味わった幸福感と、川越という土地で音楽を続ける私たちが感じている“素朴な喜び”を味わっていただけたら嬉しいです。

¶第35回定期演奏会 曲目解説
第4回 喜びのかたち──コジ、ブルッフ、田園をめぐって

今回のプログラムを眺めていると、三つの作品がそれぞれ異なる“喜び”の姿を描いているように思えます。
その視点のきっかけになったのは、練習の中で指揮者の竹内先生が語った言葉でした。
「コジの序曲は、作りは単純なのに、和声や楽器の扱いが常に変わるところが面白い」
そして田園については、
「1楽章は人間的な喜び、5楽章は天上的な喜び」
という印象的な一言。
この二つの言葉が、三作品をひとつの流れとして捉えるヒントになりました。

最初の《コジ・ファン・トゥッテ》は、人間の喜びを描いた音楽です。
恋人たちの揺れる心、迷い、嫉妬、ちょっとした嘘やすれ違い──人間の弱さも含めた“地上の喜び”が、軽やかな筆致で描かれます。
その性格は序曲にもよく表れていて、竹内先生の言葉どおり、素材自体は驚くほど単純でありながら、和声や楽器の組み合わせが次々と姿を変えていく。
同じ旋律が、光の当たり方によってまったく違う表情を見せるような妙味があります。
オペラ全体の“揺れる人間模様”を象徴するような、表情豊かな序曲です。

続くブルッフ《ヴァイオリン協奏曲第1番》には、また別の種類の喜びがあります。
それはロマン派特有の、情熱がほとばしるような喜びです。
直線的な熱さだけではなく、陰影や柔らかさを含んだ、表情豊かなロマンティックな喜び。
旋律は大きく歌い、時に切なく、時に高揚しながら、感情の幅をたっぷりと描き出します。
ブルッフは、人間の感情が最も豊かに息づく瞬間を、純粋なロマン派の語法で描いたように感じられます。

そして最後に置かれたベートーヴェン《田園》は、喜びがさらに別の次元へと移ろっていきます。
竹内先生が語った「1楽章は人間的な喜び、5楽章は天上的な喜び」という言葉は、この作品の本質をよく捉えています。
自然の中で心がほどけていくような安らぎ、嵐を経て訪れる静かな祝福。
ここでは、喜びは“地上の人間的な感情”から始まり、自然の中で少しずつ姿を変え、最後には“天上的な光”へと至る。
その移ろいこそが《田園》の物語であり、ベートーヴェンが自然の中で感じた心の変化そのものなのだと思います。

三作品を並べてみると、
コジは人間的な喜び、ブルッフはロマンティックな喜び、田園は喜びが地上から天上へと移ろっていく過程。
それぞれの喜びは方向性こそ異なりますが、どれも人間の心が持つ豊かさを、異なる角度から照らし出しています。
今回のプログラムは、そんな“喜びの多面性”を味わう時間になるのではないかと思います。

第34回定期演奏会

¶第34回定期演奏会 曲目解説
第1回「ペールギュント」の朝は北欧じゃない

さてはじまりました川フィル定演の曲目解説。
これから演奏会までの間、少しづつライトな曲目解説を載せていきますので、お付き合いください。

記念すべき第1回はペールギュント組曲から「朝」を取り上げます。
誰もが耳にしたことがある、フルートのメロディから始まる、まさにさわやかな朝という趣きの一曲。
作曲者のグリーグがノルウェー出身ということもあり北欧情緒満点です。
しかし、この曲は実はペールギュントが旅先のサハラ砂漠で朝を迎えたシーンのBGMでした。
ここはペールギュントが故郷に想いを馳せる場面なのです。
スカンジナビアの朝を想起させる曲調は風景描写ではなく心象風景、というわけで、北欧っぽい!と思った方は間違いではないです。
ノルウェーの文豪イプセンの戯曲「ペールギュント」の劇音楽から抜粋したこの組曲は多彩な表情の魅力的な4曲で構成されています。
演奏会では多彩な表情をお伝え出来るように練習を頑張りたいと思います。

¶第34回定期演奏会 曲目解説
第2回 チャイコフスキーの振幅(音量記号について)

皆さまは学校の音楽の授業で楽譜の音量記号というものを習われたと思います。 
小さいほうから、

pp (ピアニシモ) < p (ピアノ) < mp (メゾピアノ) < mf (メゾフォルテ) < f (フォルテ) < ff (フォルティシモ)

というアレです。 
では、fff や ppp のように3つ以上並ぶ場合の読み方をご存じでしょうか? 
正解は fff =フォルティシシモ、ppp =ピアニシシモ。

さらに一つ増えると ffff =フォルティシシシモ、pppp =ピアニシシシモになります。 
 
この音量記号の使い方がとてもユニークなのがチャイコフスキーという作曲家です。 
例えばベートーヴェンであれば楽譜上の音量記号は pp から ff で収まっていますが、今回取り上げるチャイコフスキー交響曲第5番では、最大で ffff から最小で pppp まで幅広い音量記号が用いられています。 
ロマンティックなメロディーや金管群の咆哮などドラマティックなシンフォニーですが、楽譜をよく読むと、意外なところで ffff や pppp が使われています。 
 
皆さまは、どこが ffff でどこが pppp なのか耳を澄まして想像してみてください(我々はそう聞こえるように頑張らなくてはいけないですね…)。

¶第34回定期演奏会 曲目解説
第3回 「チャイ5」の終わりは ♩♩♩♩(タタタタン)です

コロナ禍が終息し、演奏会にブラボーの声が帰ってきました。

演奏する側としても、大変気分の良いもので、嬉しく思います。
一方で、フライング拍手、フライングブラボーが散見されるようになってきました(※フライング=陸上や水泳などのルール違反のスタートの意)。

曲の余韻をかき消すように拍手やブラボーの声が起きてしまう現象のことです。

今回取り上げるチャイコフスキーの交響曲第5番(チャイ5)には罠があって、我々もヒヤヒヤしています。
第4楽章(終楽章)で一旦華々しく終わったよう見せかけた後に、コーダと呼ばれる終結部分が続くのです。
とあるプロオーケストラの地方公演で、コーダに入る前にブラボーがかかったことがあったそうです。
発声した本人は気まずいことこの上ないでしょうし、聴衆や演奏者のガッカリは察するに余りがあります。
チャイ5の終わりは ♩♩♩♩ (タタタタン)という音型です。
一人のウッカリが皆のガッカリになってしまわないよう、是非覚えておいてください。

なお、交響曲や組曲など連続して演奏される作品の場合、楽章・曲間では基本的に拍手・ブラボーはいただかなくても大丈夫です。
先に拍手したりブラボーした人が偉いとかいうことは一切ありません。

指揮者の手が下りるまでの余韻を味わってくださったなら演奏する側として、これに勝る喜びはありません。
クラシックコンサートに馴染みのない皆さまには、拍手やブラボーしない勇気を持っていただけたらと思います(曲を知っている人が拍手してくれるので…)。

©2021 by 川越フィルハーモニー管弦楽団。Wix.com で作成されました。

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